ボクシングファンならずとも、その名前は知っているマイク・タイソン。
ボクサーとしての後半戦は様々なトラブルで晩節を汚しましたが、無敗で世界王座に上り詰めた頃の強さは全世界に衝撃を与えました。
身長180cmとヘビー級としては小柄ながら、抜群のスピードとパンチ力で巨大な相手を次々になぎ倒しました。
一体、強靭なボディーはどうやって作られたのでしょうか。当時のトレーニングメニューを振り返ってみましょう。
マイクタイソンのトレーニングは週7日で超ハード
タイソンは多くの名王者を育て上げたトレーナー、カス・ダマトの指導を受け、メキメキと実力をつけました。
少年院上がりで世間知らずのタイソンの父親代わりとして、公私にわたって面倒を見てもらったため、タイソンもダマトの言うことには素直に耳を傾けました。
ダマトはタイソンが王座を獲る前にこの世を去りましたが、その教え子のケビン・ルーニーがその後もトレーナーとして付き、連勝街道を邁進したのです。
王座獲得後、金に群がる大人たちに惑わされたタイソンはルーニーを突然解雇し、周囲には打算的なイエスマンしかいなくなりました。
次第に全盛期の輝きを失っていったのは当然と言えば当然だったのです。
以下に記すのはタイソンが強かった頃の練習メニュー。これを1日も欠かさず行っていました。“アイアン(鉄人)”と称された原点はここにあります。
マイクタイソンの1日のトレーニングスケジュールと内容
朝はロードワーク
ロードワーク(ランニング)は全てのボクサーが行う、基本中の基本と言えるトレーニングです。タイソンは毎朝5時に起床し、約5km走っていました。
その後、箱に飛び乗るジャンプを10回、短距離ダッシュ10本こなすと、シャワーを浴びて再び就寝。10時に起きてオートミールを食べるのが日課でした。
朝食を摂ってからではなく、食べる前に行うのは、空腹時に走ることによって体脂肪を効率的に燃やす効果があるからです。
昼はスパーリング
正午からはジムワーク。縄跳びやシャドーはもちろん、リングで10ラウンドのスパーリングを消化します。
試合前なら別ですが、通常の練習ではスパーリングは数ラウンド程度がほとんど。いかに実戦的なメニューを多く消化することで試合勘を養ったかが分かります。
午後2時に昼食
午後2時からの昼食はステーキとパスタにフルーツジュース。小柄なタイソンがヘビー級の体を作る上で考え抜かれたメニューだったと思われます。
試合前の減量に入っていない限り、牛肉に含まれるたんぱく質をたくさん摂ることで疲れた筋肉を修復し、パスタに含まれる炭水化物がエネルギー源となったのでしょう。
午後3時から再びジムワーク
午後3時から再びリングで練習します。ミット打ちやヘビーバッグでのトレーニングを繰り返し行いました。
タイソンほどの強いボクサーでもやはり基本の反復練習は欠かせません。試合で考えなくても自然と体が動くように、練習で体に覚え込ませるのです。
その後は1時間エアロバイクを漕ぎます。文字にすると伝わりづらいですが、これだけのハードな練習をした後で1時間もバイクを漕ぐのは相当なもの。心肺機能を高め、強い下半身を作ったのは間違いないでしょう。
夕方は筋トレ
午後5時からはサーキットトレーニングです。
なんと腹筋200回、ディップス25~40回、腕立て伏せ50回、ディップス25~40回、シュラッグ50回を10セットという驚異的なメニュー。
さらにブリッジを10分間行って首を鍛えました。
腹を打たれるボクシングでは硬い腹筋が盾の代わりをしてくれます。
また、顔にパンチを受けると脳震とうを起こしてダウンするのですが、首を鍛えることによってその衝撃を受けにくくします。
こういった地味なトレーニングの積み重ねが、ダウンしない鉄人の体を作り上げたのです。
午後7時に夕食
午後7時からの夕食では再びステーキとパスタとフルーツジュースを平らげます。
貧しい幼少期を過ごしたタイソンは、富と名声を得るまでは食に対してこだわりがなかったのではないでしょうか。
凡人なら飽きてしまいそうですが、明確な目標があれば食事もトレーニングの一環として受け入れられるのでしょう。
就寝前にはエアロバイク
午後8時から再びエアロバイクを30分漕ぎ、テレビを観て就寝します。
以上が1日の過ごし方です。
いかにボクシングだけに打ち込んでいたかが分かると思います。このストイックさを失わなければ、タイソンはもっと高く評価される、偉大な王者になっていたでしょう。
いずれにせよ、これほどハードな日々を送っていたことには敬意を表したいと思います。
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